東京都創業NETインタビュー

イービーエム株式会社 社長 朴 栄光 氏

イービーエム株式会社社長
朴 栄光 氏

東京都出身。国籍:日本。博士(工学)。早稲田大大学院理工学研究科在学中の2006(平成18)年にイービーエム株式会社を創業。キャンパスベンチャーグランプリ全国大会テクノロジー部門大賞などを受賞した。2012年世界経済フォーラム(ダボス会議)元global shaperに 招聘(しょうへい)参加。福島県立医科大学心臓血管外科研究員。

心臓外科手術の訓練装置で世界をリード

朴 栄光インタビュー02 心臓の急所に起きた心筋梗塞や狭心症。狭まったり塞がったりした箇所に別の血管をつなげて血液を迂回するため、2㎜の血管を髪の毛よりも細い0.05mm程の糸で縫合する。心臓が動いた状態で手術するには、かなりの技量が必要になる。手術の訓練はこれまで、こんにゃくや豚の心臓で行われていた。イービーエムの朴栄光社長は、「いつでも どこでも 何度でも」をコンテプトにした、定量的に評価できる心臓手術トレーニングの仕組みを開発。学生時代にベンチャーコンテストに入賞し、今も当時の計画を愚直に進める。創業12年目の朴社長に話を聞いた。

学生ながら起業を決意、ビジネスプランコンテストで入賞

朴 栄光インタビュー02 高校生3年生の1年間、東京都の海外派遣事業に代表として選ばれ、オーストラリア留学しました。帰国後に芝浦工業大学でシステム工学を学びました。在学時には、ただのエンジニアになりたくないと、積極的に企業でアルバイトをしたり、会計を学んだりしていました。二足のわらじは当たり前でしたね。大学3年生の終わり頃、周囲が就職活動をする中、自分がやりたいことを自問自答。本当にやりたいことは何か?を自らに問い続けました。人生は一度きり。どうせならば、夢中になることができて、あっという間に時が過ぎてしまいそうなことをやろう、と。大学近くの書店に立ち寄り、「資格大全集」のような、世の中の資格が網羅された分厚い本を手に取りました。実は、昔から白衣を着て、患者さんの治療に全力で当たる医師という職業には憧れがありました。自分は大学3年生、まさか今から医学部受験をし直すなんてありえない、などと思いながら「医師」のページを眺めました。すると、そこには「学士編入」という大学卒業後に国立大学に編入できる仕組みが書いてありました。これだ!と思いました。その日から、学んだこともない生物、生理学、生化学などを独学で勉強し始めました。妙に充実していて、学ぶこと、知識と出会うことが楽しくて仕方ありませんでした。結局、とある医学部の編入試験には最終面接で落ちてしまいます。落ちたって、毎年受け続ければいい。自分を磨くため、そして医学と工学の架け橋を目指して、エンジニアとして医療に携わるため、早稲田大学の人工心臓に関する研究室の門をたたきました。

教授から与えられた課題は、医師のかわりに手術するロボットではなく、手術される側のロボット、すなわち「患者ロボット」の開発。心臓外科手術のなかでも、天皇陛下が受けられたことで知られる「オフポンプ冠動脈バイパス手術」は、心臓が動いた状態で行います。心臓の動きを止めながら手術する「人工心肺」を用いた手術に比べて難易度が高く、医師の技量が求められます。医療の現場に足を運ぶ中で、このトレーニングのシステムにビジネスチャンスがあると感じました。

手術トレーニングを開発する際に、航空業界のパイロットのトレーニングは非常に参考になりました。航空業界はフライトシミュレータを使って、事前に空飛ぶ訓練を行うことは当たり前になっています。シミュレータのみならず、どれくらいトレーニングして、どのようなチェックを受けるべきかがきちんと制度化されています。私自身、飛行機の免許をもっておりまして、航空業界を参考にしながら手術トレーニングの開発をこれまで設計してきました。

外科手術のトレーニングは豚の心臓やマネキンを使うのが一般的でした。外科医の視点に立つと、「いつでも どこでも 何度でも」使える必要があります。病院だけでなくリビングに置けるくらい身近でないといけない。一方、さまざまな条件の心臓を再現するために心臓外科手術をファミコンに見立て、本体は心臓部分の「BEAT」、カセットに相当する血管の部分を互換性がある千差万別の仕組みにした「YOUCAN」、という発想が生まれました。
この研究を進めるに当たって、研究室は文部科学省から研究費をいただいていました。事業化を目的として開発を進めましたが、事業統括のところへ試作品を持っていくと、衝撃的なコメントを言われました。「豚が一頭10万円でシミュレーションできるのに、この装置が何十万もしたら売れるわけがない」。しかし、医療現場を見てみるとシミュレータによる手術トレーニングは本当に求められている。私には確信がありました。客観的な評価で説得できればと、日刊工業新聞主催・全国区のビジネスプランコンテストである「キャンパスベンチャーグランプリ(CVG)」に応募。結果、東京大会で大賞をいただきました。
受賞したからには、製品を現場に届けなくてはならない、純粋な情熱と責任感が生まれ、今も変わることなく続けています。

大田区でもがき、ようやく完成したシミュレータ

朴 栄光インタビュー02 ビジネスプランを描いていた2006年には、今の製品は全く完成していません。何かモノをつくりたいと考えたときに、つくり方が分からないと製品はできません。板金、切削、メッキなど、モノづくりのノウハウを大田区の町工場から学びました。大田区では老舗の安久工機さん、LED照明や新素材をつくるトキ・コーポレーションさんには大変お世話になりました。

安久工機の田中社長は、懐深く作業場を貸していただきました。年末の大掃除の後にもかかわらず、工場のシャッターをあけ、大晦日まで作業。年が明けて2日には、仕事始めに先んじて、納期に間に合わせるために作業でした。本当に感謝しています。

また、トキ・コーポレーション取締役研究開発部長の本間大さんとの出会いも大きかったです。研究開発・試作・製品化のプロセスやノウハウを惜しみなく教育していただきました。そばで教えを乞いたくて、現在の事務所にオフィスを移したほどです。大田区でいろいろな会社さんに教えていただきながら製品化を実現しました。

最小限の人数で効率的に働く

朴 栄光インタビュー02 「BEAT」と「YOUCAN」が売れるようになってきたと感じられるようになるまでに起業してから8年ぐらいかかりました。市場がないところに製品を販売するということは本当に大変でした。手術前に、野球の試合前のブルペンのように毎日トレーニングする。基礎的な手術トレーニングは「BEAT」「YOUCAN」で学び、臨床に出たときには現場で学ぶ。手術トレーニングの役割、必要性を学会で話し、少しずつ認知度を高めていきました。

シミュレータの製造・販売が軌道に乗り始めるまでは、医療メーカーからの「こんなツールが欲しい」というお話しをいただき、積極的に受託開発をしていました。会社はとにかく生き残らなければなりません。
起業してからしばらくは学生アルバイトと二人で「BEAT」と「YOUCAN」の傍ら、関連の受託開発をする経営を続けていました。大学では引き続き研究も続けており、二足のわらじを履く生活が続きました。これまでうちの会社を支えてくれたアルバイトや社員らには感謝しています。道なき道を切り拓く毎日でしたから、体力的にも精神的にもタフでなければやっていけません。ベンチャーの宿命とは言え、人の入れ替わりも激しい中で、いろいろな人にお世話になって今があります。

福島県に「世界の手術トレーニング拠点」を開設

朴 栄光インタビュー02 初めて日本で「BEAT」を購入してくださったのが、福島県立医科大学心臓血管外科の横山斉教授でした。横山教授は拍動する心臓の動きを定量的に計測する実験や手術トレーニングをすすめており、震災の前から共同研究する話が進んでいました。
震災のとき、私は米国にいました。訓練を続けていた飛行機の計器飛行という難易度の高い試験があり、アリゾナの砂漠にいました。空港でフライトの準備を行なっていると、突然教官が走ってきて言いました。「おい!日本が大変なことになってるぞ!」。CNNのニュース映像では、津波の映像、そして日本地図全体が点滅していて、尋常ではない様子が流れ続けている。特に福島では原発が危ないとある。その場で慌ててスカイプで横山先生に連絡しました。予期せず一瞬ですが、通信がつながりました。そのとき横山先生は副病院長として最前線で指揮を執り続けている最中でした。束の間の休憩時間、たまたま事務所にいらっしゃった時につながったようでした。「横山先生、大丈夫ですか!?もし、人手が必要であればすぐに馳せ参じます。」横山先生は「いや、今は、まだ大丈夫だ。やがてその時がくる。その時には、福島にきてくれ」と。そこで理解しました。今、身一つで福島にいっても、役に立つどころか邪魔になる。やがて落ち着き、復興のフェーズに入るだろう。そのときには、福島に行こう。

翌年、医療機器開発に関連する補助事業が募集されました。しかしながら、弊社の財務基盤ではこの補助事業を成功させるだけの余力がありません。福島に行くからには必ずや福島の役に立ちたいという決意がありました。さらに一年経営を続けて財務基盤を少しではありますが強化しました。
2013年4月、「よし、ようやく準備がととのった。これなら福島から世界に挑むことができる。世界的な手術トレーニングの拠点を福島につくる」---。約6億円のプロジェクトを計画。計画書を持ち、2年ぶりに横山先生のオフィスを訪れました。
「朴ちゃん、遅いじゃないか?待ちくたびれたよ」と笑顔で迎えてくれました。計画に対して「福島が再び立ち上がるまでには、相当な年月を要するだろう。長期戦だ。今、外科教育は世界的にもシミュレータの活用に期待が寄せられている。よし、この計画で行ってみよう。」と、震災で中断していた共同プロジェクトが、今度は福島復興を目指し、再び動き出しました。
書類を整え、ヒヤリングまで進みました。一見、あまりに身の丈に合わない大きすぎる計画に対して、ヒアリングの際、審査委員団からは厳しい質問やコメントが浴びせられました。ただ、テーブルの奥に座っていた審査委員長が最後に一言、静かに問いかけられました。「朴社長、君はこの計画に命を懸けられるか」そこで私は、「賭けます、やらせてください」と答えました。
審査委員長は「審査委員の皆様、僕はぜひ、福島の復興に命を懸けると宣言したこの青年に未来を託してみたいと思います。確かに危なっかしいところもありますが、今、このようなリスクをとって挑戦する若者を支援することが大切なのではないでしょうか。朴君、僕は君を応援するよ」と言っていただきました。

今も審査委員長、そして想いを託してくれた人たちとの約束を守れるよう、日々、全力投球しています。この補助事業には採択されましたが、「なぜ福島なのか」という反応も多く寄せられました。私にとって福島は医療関連事業を成功できる恵まれた環境だと思っています。町がコンパクトで行政も医大も金融機関もマスコミもみんな距離が近い。人と人との連携が事業を成功させるうえではもっとも重要なことだと私は考えています。だいたい毎週金曜日から月曜日は会社の更衣室に寝泊まりしながら、福島をエンジョイしています。地酒も温泉も最高ですからね(笑)
今では心臓外科医が福島を訪れるようになりました。定期的にシミュレータによるトレーニングもおこなっています。さらに今年2月には「世界手術教育フォーラム」という組織を立ち上げることができました。企業や学術の枠組みを超え、世界にとってよりよい手術教育のあり方を議論するための場を作る組織です。手術トレーニングのあり方やカリキュラムを深く語り合い、よりよいシミュレータをつくりだしていきたいと考えています。私は、医師ではありません。だからこそ、見えること、できることがあるのだと今では信じることができています。患者に一生懸命な医師に対して一生懸命である、そんな人生もありだろうし、楽しいと思えます。

公的支援策を積極的に活用する

朴 栄光インタビュー02 補助金は積極的に活用しています。なぜなら新製品の開発にはどうしてもリスクが伴うからです。開発した製品が売れる保証はない。そしていくら頑張って開発しても製品が完成しない可能性もあります。補助金を活用することでそういったリスクを軽減することができます。

補助金を申請する際には、計画が最も大切だと思います。申請の締め切りギリギリに書くのではなく、特に開発スケジュールと予算は綿密に計算します。補助事業は自己負担が低くすみますが、「支出」であることに変わりはないのです。よって極力、事前調査を行い、事業や経営にプラスになるような製品づくりのあくまで補助として、補助事業を活用することが大切だと私は思います。私自身、常に気を付けておりますが、公的資金で採択されることがゴールになっては本末転倒だと思うのです。
一方、最初から最高効率で補助金の計画を実行できるわけではありません。だからこそ常々新製品開発のチャレンジを続け、その際には公的支援を受けることにより今も学び続けております。
補助事業を活用するということは意外なメリットもあります。補助事業で採択されることにより、事業成果は会社にとっての成果だけでなく、国や自治体の成果にもつながります。このことが中小企業でありながらも行政機関と緊密なコミュニケーションをとるにいたるきっかけとなる点は大きな利点です。

とにかく売上をあげること

朴 栄光インタビュー02 12年前の自分に今の自分がアドバイスするとしたらですか?(笑)。そうですね、とにかく売上を上げることに集中しなさいと言いたいですね。研究者としてのプライドやコストがかかりすぎるといったことはユーザーであるお客さまには一切関係のないことだと今では気づくことができました。
売上とはお客さまにお金を払っていただいて、価値を提供することです。そこにいたるためには価値の問題なのか、情報の流れの問題なのか、お金の流れの問題なのか、あらゆることを経営者として真剣に検討し、改善のための努力を続けなければなりません。
20代後半、私は売上の基盤がしっかりしていないにも関わらず、多くの講演や展示会に時間を費やしていました。講演を続けることが必ずしも売上に結び付くとはかぎりません。よく「本業に集中すべきだ」というアドバイスがありますが、今の私は昔の私に対して、「かっこつけてなんかいないで日々売上を上げるためにあらゆる努力をしろ」と言ってやりたいですね。

ベンチャーは市場がないところから新しいものをつくるわけですから、中堅企業の10倍、100倍努力しないと売り上げがあがりません。届けたいと思った製品やサービスが本物であれば、製品をユーザーに届けなければならない。その結果が「売上」だと理解しています。売上高の数字はお客様の支持であり結果。誤魔化しようがありません。若いときには起業家としてもてはやされることが多いです。しかし、一番大切なことは、自らの製品やサービスを提供して世の中を少しでもよくすること。自己顕示欲と闘いながら、地味に粛々と売り上げを挙げることにどこまでまい進できるか。それが、経営者である社長として一番大切なことだと思っています。

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