1. 株式会社Lily MedTech 代表取締役社長/CEO 東 志保 氏

東京都創業NETインタビュー

株式会社Lily MedTech 代表取締役社長/CEO 東 志保 氏インタビュー

株式会社Lily MedTech 代表取締役社長/CEO 
東 志保 氏
1982年生まれ。電気通信大学を卒業後、株式会社 日立製作所に入社。その後、米アリゾナ州立大学に留学。航空宇宙工学修士課程修了。帰国後、博士課程を目指すが家庭の事情により断念。企業で勤務の後、夫が手がけていた医療用超音波の技術を活かした乳がんの診断装置の開発を目的として2016年に起業。起業に踏み切ったのは、夫の「きみは起業に向いている」という強いすすめと、17歳のときに母親をがんで亡くした経験が大きい。
株式会社Lily MedTech Webサイト

革命的な乳がん診断装置によって、診断率向上、早期発見・治療を促進。
少しでも多くの女性の命を救いたい

株式会社Lily MedTechは、超音波治療の研究を行う東京大学内のプロジェクトが前身。東さんの夫である隆さんが研究しているリング型超音波振動子が、現在主流である乳がん診断装置マンモグラフィーの課題を解決し、より多くの乳がんの早期発見に活かせる可能性を持っていることから起業に踏み切り、本格的な開発に着手。社名の由来は、献身的で愛情深いハリーポッターの母親の名前Lily EvansのLilyと、医療+テクノロジーのMedTechを合わせた造語。

母をがんで亡くした無念さがその後の起業のきっかけに

母親が10万人に1人という悪性の脳腫瘍に罹患。余命1年半を宣告されました。懸命に看病しましたが、医師の宣告通り1年半で他界し、現代の医療がどれだけ進んでも治せない病気もあるのだと無力感を覚えました。私が17歳のときのことです。

その後、医療の道に進んでリベンジしようという気持ちにはなれず、大学では物理を専攻。卒業後、日立製作所に研究員として入社しましたが、もともと航空宇宙に興味があったことと、留学への憧れがあったことから、米国アリゾナ州立大学に留学。航空宇宙学修士課程を修了しました。米国での就職も考えたのですが、外国人の就職は難しく帰国。でも、航空宇宙の分野への夢が捨てきれず、総合研究大学院大学に進学しJAXA宇宙科学研究所に通いながら博士課程を目指しました。ところが同じ頃に父が急死。進学を断念し、技術系の企業に就職しました。

夫の強いすすめで社長になることを決意

プライベートでは、日立製作所で知り合った同じ研究職の夫と28歳のときに結婚。夫は当時、東京大学のプロジェクトチームで医療用超音波を研究していましたが、その技術が乳がんの診断装置に使えるのではないかということを聞きました。知り合いの医療関係者に意見を聞くと、従来の診断装置マンモグラフィーは、高濃度乳房のがんを発見しづらいなど、さまざまな課題がある、しかしどこもまだその課題を解決できていないということがわかりました。
今ある装置に課題があり、それを解決できる技術を私たちが持っているのだから、それを活かさない手はないと、大学内プロジェクトからスピンアウトして起業することを決意しました。

乳がんで亡くなる女性は年々増えていて、とくに亡くなった母と同年代の30~50代の女性が多く闘病されていることを知りました。母は運悪く最先端の医療技術を持ってしても救えないがんにかかってしまいましたが、乳がんは早期発見できればほぼ100%治るがんです。治せる病気で命を失うほど悔しいことはない、そう思ったことも起業のきっかけですね。

問題は、だれが社長をやるかです。夫は最初から「あなたは起業家に向いている。あなたが社長をやりなさい」と言ってくれていました。私の、感情に流されずさばさばとした性格や、判断がぶれないところからそう思ったようです。自分が社長になるなど考えたこともありませんでしたが、出資を募るにも社長が決まらなければ始まりません。そこで「やってみてだめならそのときに考えればいい」と、社長になることを決意しました。

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開発には多額の費用が。資金集めに奔走

プロジェクトチームの優秀な技術者たちをそのまま引き継ぐ形で起業したため、人材確保にはあまり苦労しませんでしたが、資金集めには苦労しました。最初は私を含む創業者の自己資金800万円でスタートしましたが、開発には多額の費用がかかります。その資金を補助金や投資家から調達しなければなりません。投資家の多くは男性で、女性の痛み、悩みがわかる人が少ない。また、医療がわかる人も少ない。また、私たちが作ろうとしているものは、直接命を救うものではなく、早期発見により死亡率を下げる=間接的に命を救うものでしかないことも、投資家の理解を得るのに苦労したところです。

資金集めのためにはPOC (Proof of concept)が必要です。つまり、プロトタイプを作って効果を実証しなければなりません。補助金の申請をするかたわら、プロトタイプの制作を同時進行で行いました。5月に起業して1カ月後に補助金を獲得し、9月には試作品が完成。10月には装置の安全性試験を実施し、11月には臨床研究を開始するという、通常では考えられないスピード感でプロジェクトは進行しました。12月に初めての悪性腫瘍の患者の撮影を行い、さらに高濃度乳房の患者だったためマンモグラフィーで捉えられなかったがんを初めて3次元で撮影したことで、投資家から大口の資金調達ができ、潤沢な予算で開発できたことは幸運でした。

プロトタイプは比較的すぐにできましたが、大変なのはここからです。POCで洗い出された課題であった、画質向上や乳房の撮影範囲を広げるなど、画像診断装置としての実力を上げていく開発を行いました。また、撮像に時間がかかったり、操作が複雑では利用してもらえません。使い勝手の良い装置にするために、実用化検証に時間がかかりましたね。起業して5年近く経ち、ようやくあと1年以内には販売フェーズに入るところまでこぎつけました。

痛い、恥ずかしい、を解消する全く新しい乳がん診断装置

当社が開発している乳がんの診断装置は、ベッドにうつぶせになって乳房をベッドの真ん中にある穴から体温くらいのお湯につけるだけで、穴の外周のリング上の超音波装置が乳房を撮像するというもの。マンモグラフィーのような圧迫による痛みもなく、また技師に乳房を触られることもありません。しかしマンモグラフィーと比べてやや高額であること、多くの医師はマンモグラフィーを使い慣れていて、新しい装置を導入することに消極的なことなどから、医療現場に普及していくためには臨床現場や医師とのコミュニケーションや上市後の積極的な普及活動が必要です。

自由に働ける環境を作ることが経営者の役目

慣れない社長業ですが、やってみると何事も自分で決められるためストレスはありません。企業で働いていたときは「こうしたほうがいい」と提案しても通らないことが多く、会社の方針に合わせるしかありませんでした。しかし社長になり、初めて誰からも指示されないという経験をしました。自分で考えて行動することは責任も伴いますが、大体はうまくいっています。今までの人生は何だったんだと思うくらい、大きな変化でしたね。

経営者として大切にしていることは、会社としてのビジョンや思いさえ共有できていれば、あとは自由に働ける環境をつくること。トップの考えを押し付けない、命令しない。私自身がそういう環境で働くのは嫌ですし、自分で考え、やってみて学びとるほうが楽しいと思っているからです。

がんの早期発見から、治療へ。海外展開も

今後の目標は、まずはこの装置を普及させること。そして現在の乳がん検診受診率の低さを解消したい。また、マンモグラフィーでがんが見落とされるという課題を解決することで、早期発見によって助かる命を増やしたい。さらにその先は、早期発見にとどまらず、超音波でがん細胞を焼き切りメスを入れずに乳がんを治療できる治療機の開発にも取り組みたいです。

また、遠隔読影にも取り組みたいと考えています。読影技術は医師によってレベル差があり、担当する医師によって運不運が分かれてしまうという課題があります。当社に高レベルの専門家を置いて遠隔で読影を行うことで、患者の不安を取り除きたいと考えています。さらには海外展開もしていきたいですね。

未知のことを恐れず、自分の直感を信じて

経営スキル、資金調達力、人を見抜く力など、経営者になると会社員時代には経験しなかったような力を求められる場面に次々と遭遇します。しかしそのうち慣れるので恐れることはありません。また、直感を信じることも大事です。戸惑うこともあると思いますが、最終的には自分を信じることですね。自分の能力はここまでだと決めつけないで、自分を信じて成長させてあげることが、結局は近道だと思います。

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